「希望の翼」 ♯命及ビ人生ノ探求

シリウスは孤児院から離れた丘に佇んでいた。季節は春・・・風が強く、しかし微妙に暖かい。初春にしてはかなり方だろう。しかし彼の心の中は冷たく、景色の美しさを感じられぬほど世界を見ていなかった。
シリウスのその眼はこの世界のどこも見ていない、自身の心の中に渦巻く感情に目を向けていた。
「クク・・・良い眼だ」
不意に聞こえた低い声調の声にシリウスは我に返る。意識をこの世界に戻し、後ろを振り向いた。そこにいたのは一つ目の球体・・・アルタイルの左目を潰した者の情報と一致している。
「テメェか、俺の友の左目潰したのは・・・!?」
「む・・・コイツのことか?悪いがそれは私ではない、他の者だろうな」
「!!」
一つ目はアルタイル、ベガ、マルクを地面に置いた。三人とも気絶しているのだろうか?目を覚ましそうにない。
「テメェ、三人に何しやがった!?」
空に響くシリウスの怒号、しかし孤児院には届かない。
「安心しろ、じき目覚める・・・それよりも」
「?」
「貴様の気持ちに応えてやったのだ・・・こちらの要求も承ってもらおうか・・・」
「俺の気持ちに・・・応えた?一体どういう意味だ!?」
こんな奴に何か頼みごとをした覚えもないし、そもそもこいつとは初対面だ。一体コイツは何を言っているのだろう・・・人違いでもしているのではないだろうか?
「クク・・・知らないとは言わせんよ。貴様が望んだことを私が実行したまでだ」
「俺が・・・望んだこと?」
そのときシリウスはハッとした。そう・・・
「あの二人を殺めたのは・・・私だ」
シリウスは昨夜、二人の償いや罰を望んだ。しかしそれはごく簡単なことだったのだ、例えば悪戯したりとか・・・そういうことを実行するつもりだった・・・しかし今朝になってみたら、ご覧のありさまだったのだ。しかし殺したのはシリウスではない。そう、この一つ目がやったのだ。だが・・・
「んなこと頼んでねぇぞ!!勝手に何やってんだ!」
「・・・では先程の眼は何だ?本心ではこうなることを望んでいたのではないのか?」
現場を見たときのシリウスの眼はアルタイルでもベガでもはっきりと違うものだとわかった。しかし・・・しかし・・・
「黙れ!テメェに俺の気持ちがわかってたまるか!それよりも三人を離せよ、この三人は何も関係無ェ!!」
「ならば、そのためにひと仕事してもらおうか・・・」
「何・・・?」
ひと仕事・・・?だがそれ以前に何故この三人を巻き込むんだ・・・この三人にはまったく関係が無い。シリウスは込み上げる怒りを抑えつつも、全身に力を込める。



「簡単なことよ・・・孤児院の人々を・・・消せ」



風が両者の間を吹き抜ける、そこにあるべき静寂は風によって遮られた。しかしその音もすぐにかき消される。
「ふ・・・ざっけんなぁ!!!断固として断る!答えはこれだけだ!!」
「そうか・・・ならば仕方あるまい・・・」
そう言うと一つ目の背から触手のような茨のようなものが出てきた、先が鋭く尖っている。これで一突きされればひとたまりもない・・・その矛先が、シリウスを除く三人に向けられた。
「なっ!?」
「何だ、狙われるのは自分だけだと思っていたのか?こうでもしなければ何のためにこいつらを持ってきたと思っている?」
鋭い棘のすぐそばに三人の体があった。少しでも一つ目が力を入れれば・・・・・・シリウスは口を結ぶ。それでもそんなことはしたくない・・・しかし何故か体が勝手に動き始めた。
「・・・な、なんだよ・・・何で勝手に・・・くっ」
シリウスはゆっくりと手をかざす。すると手から炎が発生した。
「・・・やめろ・・・やめろぉぉぉぉ!!」
シリウスの手から火球が放たれ、一気に孤児院へ飛んでいく。その火は孤児院中に燃え移り、やがて炎は孤児院を包んだ。シリウスは結局、抵抗も、何も出来ぬままその手で多くの命を奪ってしまった。
「あ・・・あぁぁ・・・!!」
自分の軽い考えが、こんな出来事を起こしてしまったのだ・・・シリウスはただその場で燃えていく孤児院を見ていることしかできなかった。まだ体の自由がきかない。恐らく、火を消されるのを危惧しているのだろう。そう、シリウスを操ったのは他でもないこの一つ目。
コイツは命を理解していない・・・命の大切さを、命の尊さを・・・コイツにとっては強さが、力が全てなんだ・・・万物を力で制御しようとするコイツに、命なんて理解できるはずもない・・・。シリウスの眼は完全に覚めた。先程の自分の考えも、思考も、何もかも今となっては理解できなかった。
普通、人は死の淵に立たされると命を理解する。尊さを、儚さを知る。
普通、人は自身の罪を理解すると途端に自身の生を憎む。自身の生い立ちを恨む。
しかし、普通ではない人はこうも簡単に命を弄ぶ。命を知らず、罪を知らず。そしてついには我を失うのだ。
シリウスは前者だった。今になって自身の罪を、命の尊さを知った。あんな軽率な考えをしなかったら、あんなことを思わなかったら、きっと全てが変わっていただろう。
しかし、もう遅い。シリウスが何を思ったところで、何を後悔したところで、この悲劇が無かったことにはならないのだ。



炎が孤児院を完全に燃やし尽くすまで、シリウスの自由は戻らなかった。
炎は夜遅くまで燃え続け、やがてそこにあったはずの孤児院は跡形もなくなっていた。ここは都会からもかなり離れた場所にあるため、救助隊や消防隊が来ることも無かった。
シリウスは全てを失った・・・・・・親も、親代わりも、友も、家も・・・何もかも。唯一残ったのは後悔と、マルクと、アルタイルと、ベガと、そして・・・・・・自分の命。
「ふっ・・・ご苦労だったな。」
一つ目はそう言うと、三人を離し、どこかへと行ってしまった。すると自然にシリウスの拘束も解けた。しかし、シリウスは依然体を動かさなかった。否、動かせなかった。表情も無く、ただ焼け跡を見て目から涙を流している。
「・・・・・・ごめんマルク、俺は・・・とんでもないことを・・・取り返しのつかないことを・・・」
「・・・ゥス」
小さく、自分を呼ぶ声がした。しかし、シリウスの視線はそこにあったはずの孤児院の焼け跡を見ている。
シリウス・・・僕は・・・」
声をかけたのはマルクだった。だがそれ以上、声を出すのを止めた。
「悪いのはお前じゃねェぞ」
束の間に声を出したのはいつの間にか目覚めていたアルタイルだ。
「実質悪いのはあの一つ目だし、何にせよ主犯はアイツだ。しかも状況から見るとどうやら脅されてやらされたらしいな」
「違う・・・脅されたにしても何にしても、結局手を下したのは俺だ・・・みんな俺が悪いんだ。」
「・・・・・・。」
ベガは何も言わなかった。当然シリウスが悪いとは思わないし、一つ目・・・ダークマターは許せない。けどだからこそ、彼らを危険から遠ざけるために何も言わなかった。こんな姿になってなければ、きっとこんなことは起きなかった。そうでなくとも、被害を抑えることはできたはず。
「なぁみんな・・・」
シリウスは向こうを見たまま言う。
「俺・・・何で生きてるんだろうな・・・?」
「・・・・・・。」
三人は何も言えなかった。そんなこと、誰もが疑問に思っていることで・・・人生の経験が浅い自分たちが答えられるはずがないのだ。
「こんな酷いことをして、多くの命奪っといて、何で俺は今も生きることが許されてるんだろな・・・?」
「それは・・・」
ベガが少し答えようとしたが、途中で言葉が詰まってしまった。
「お前が"生きるために生きているから"だ・・・それ以外の理由なんてないだろ?」
アルタイルが口を切る。
「お前が『生きる意味』を探しているから生きているんだ・・・だから生きることを止めないんだよ。お前がこれからの人生の中で何をしようがどうしようがお前の勝手だ・・・自分を決めるのは自分なんだよ」
アルタイルはの記憶のどこかにあったこの言葉・・・誰かに言われた気がするこの言葉・・・いつ言われたのかわからないこの言葉・・・この言葉はアルタイルの心のどこかでいつも存在していた。
「生きる意味なんて無理して見つけなくていいんだ・・・お前には俺たちがいる・・・!お前のことを心配してくれる人たちがいる、俺たちもその中の一人でいたい。だから・・・」
アルタイル自身、もはや何が言いたいのかわからなかった。けど、自分はこの言葉に励まされた気がする。生きる意味を、人生の意味を教わった気がする。
「生きる希望を・・・失わないでくれ・・・!」
「・・・・・・!」
悲痛の叫びではない、心の叫びでもない・・・ただの叫びだ。
その言葉がシリウスの心に響いたかはシリウス本人にしかわからない。だが、シリウスはそれを教えてくれた。
彼の目に、光が宿ったのだ。



To be continued…
良いところまで進めるためにこんな長文になってしまった(^_^;)
にしても以前のクールなアルタイルはいずこへw
マルクの出番?有るかもしれ無い(え